


広西師範大学の廖老師は今年56歳、先生のお誘いがあり、ひょんなことから大学院生の調査に参加することになりました。
私が参加した理由:①中国の村の文化、風習などに興味があった。
②この半年広東省を出て旅行したことがないため。
③中国の大学院生のフィールド調査に興味有り。
金曜の仕事が終わり、広州白雲空港に移動して、広州→北海(PM11:30)に移動、北海空港~タクシーで30分でホテル到着。今まで行ったことも、聞いたことも無い地名なので、少し心配だったが、廖老師が空港まで迎えに来てくれた。とてもありがたかった。
廖老師との出会いは私の第二母校、滋賀大学の戸崎先生の紹介で約20年前、桂林でお会いしたのがきっかけで今でも交流が続いています。こんなに長く中国で交流が継続するとは思いませんでした。人と人の縁というのは面白いです。
廖老師を通して、中国の大学の状況を一部理解出来ることが出来る。
廖老師の研究対象は 考古学。あまりにも分野が広い。私の個人的理解では昔の文物、文化、風習、習慣、観光などの研究。ですから、中国の昔のことは非常に詳しい。昔のことだけでなく、現在の事情も詳しい。この20年間、老師の状況をヨコから見ていると非常に勉強されていることがわかります。日本に留学(数回)、北京にも留学、中国各地、日本の各地を精力的に回られている。私の行動範囲以上に移動されている。先生の教え子は中国各地に散らばっているので、いろいろな情報を入手していると思う。中国の大学には観光学科という学科があり、私が中国語学留学時代に長澤さんいうきれいな日本人女性がわざわざ観光学の修士課程に留学に来ていたのを思いだします。日本の大学には観光学科は少ないですが、中国では比較的ポピュラーな学科。

2013年頃、たまたま私が実家の石川県に帰郷していたときに、運良く廖老師が金沢で開かれた学会に参加されたので、私の祖父のいる能登半島にお誘いして、一泊二日の日程で能登半島の内浦、千枚田、時国家の荘園跡、塩田などを一緒に見て回った。石川県能登半島の文化・風習などを少しでも体験していただいた。





乾江村の説明。総人口は1149人。325の家庭がある。海のシルクロードの起点となった。
廟の内部 廟に入って左側に寄付をした人々の名前が書かれている。毎年地元の農民が寄付をしているようだ。日本の神社の寄付と同じ。










窓枠形状はフランスの影響を受けているらしい。ヨーロッパの雰囲気がある。いろいろな国の文が混ざっている。まるでチャーハンのようである。


調査中に教えてもらった中国語↓ ①②
①村ではパパイヤ(木瓜)の木がありました。木瓜=バカ の意味。
なぜか?木頭は丸太、木偶の坊などの意味がある。
瓜=傻瓜=バカ、あほう の意味がある。
従って、木瓜はバカを形容する。 (私は初めて知りました。)
②ひょうたんが家の門に飾ってあった意味について
ひょうたん の中国語 葫芦(HULU)
福入(FURU) 発音が似ているので、 ひょうたんは縁起がいいので、家の前に飾っておく。
豊臣秀頼の馬印のひょうたんだったが縁起がいいから?
今回、広西師範大学研究生の課外調査に参加させていただき、いろいろな体験をすることができた。朝から晩までのハードな調査だったが、女子学生達は一言も不満を言わずに、日傘をさして、村を練り歩き調査していたことに頭が下がる思いです。今回、記帳な体験をさせてくれた廖老師のお礼を言いたいです。廖老師はこの村を観光地にするたえの方案を作成中だと聞きました。ただ、建物をそれらしく作り直して観光地にするより、念入りの村の歴史、文化、風習などを調査し村の物語を作り観光開発した方が観光客が村の歴史を感じて感動する。だから、廖老師は現在、村の歴史風土を調査されているのだろう。